続々々々主権在民
9月26日に臨時国会が招集され、首相の所信表明演説に対する代表質問が始まった。
とりわけ注目されるのが、改憲についての論議だ。その中で安倍首相は、『憲法改正は最終的には国民投票によって国民が決めるべきものだ』とし、
まずは各党が考え方を具体的に示すことで建設的な議論をすることが大切だと各党が対案を出すことを求め、それが“責任ある”各党のあり方だ、と主張
した。
だが、そうではあるまい。国民の多くが「憲法改正が必要性」を求めることがまずあって、その声を請けて国会が腰をあげて議論するというのが民主
国家のあるべき姿ではないか。
国民のほとんどが改憲を望んでいないにもかかわらず、政権与党が『改憲を』と言いつのり、その土俵に乗らなければ、つまり対案を出して議論に応
じなければ、野党としての責任を放棄することになる、というのは民主主義について誤認も甚だしいと言わざるを得ない。
もともと、改憲を論ずることそれ自体が、戦後こつこつと積み上げてきた民主国家のあるべき姿をないがしろにすると言って良いほど“バカバカしいこと”
であるからだ。
『誤認』と言えば、安倍氏は先に自らを「立法府の長」と呼び、それを訂正したこともある。どうやら民主国家における政治について、さまざまな認識
不足やそのことによる誤った思い込みが、この人物を支配しているのではないかと思われてならない。
そう言えば、数ヶ月前の「AERA」では、彼の卒業した成蹊大学の指導者が、教え子である彼について批判している記事を見つけた。
たとえば、安倍首相の出身学部である法学部で当時、教鞭をとり、安倍首相も授業を受けていたはずの加藤節名誉教授は、こんな厳しい言葉を投げかける。
『大学の4年間などを通して、安倍君は自分自身を知的に鍛えることがなかったんでしょう。いまの政権の最大の問題点は、二つの意味の『ムチ』に集約
されていると私は思っています』
加藤名誉教授は2つの“ムチ”とはignorant(無知)とshameless(無恥)のことだと説明する。 母校の恩師とは思えない手厳しさだが、加藤名誉教授の批判
はそれだけに止まらない。安倍首相が2013年3月の参院予算委員会で憲法の最高権威である故・芦部信喜氏を「知らない」と言い放ったことを挙げて、さら
にこう指摘している。
『(晋三氏は)政治学科ですし、憲法もしっかり勉強しなかったんでしょうね。しかし、改革を訴えているのに、(芦部を)「知らない」なんて言うべきで
はない。まさに無知であることをまったく恥じていない』と断じているのだ。
そして、もうひとり、安倍首相にとっては名実ともに“成蹊大学時代の恩師”で、政界に入ってからも付き合いのある元教授が登場し、なんと涙ながらに安
倍首相のことを批判しているというのだ。
『(安保法制は)間違っている、と思います。正直いいますと、忠告したい気持ちもあった。よっぽど、手紙を書こうかと思ったんです』
こう証言するのは、元外交官で中国政治史を軸とする国際政治学者、そして成蹊学園専務理事まで務めた学園の最高碩学といえる宇野重昭名誉教授だ。
宇野氏は、「AERA」連載ルポの最終回(5月2・9日合併号)でジャーナリストの青木理氏の取材に答え、教え子である安倍首相との関係についてこう語
っているのだ。
『彼が入学した当時、私は国際政治学とアジア研究を担当していました。たくさんの学生の一人として彼を見て、成績をつけたのは覚えています。政界
入り後も食事をしたり、ゆっくり話をしたこともあるので、ある程度の人柄も知っているつもりです』
そして『私はどちらかというとリベラリストですが、決して右でも左でもない。中国の要人や知識人に会うと、彼をすごく批判し、極右だと言わんばかり
だから、“そんなことはありません”とも言ってきたんです』
という具合に恩師であり、理解者、そして教え子を批判する者たちからかばってきたという宇野氏だが、その宇野氏ですら、現在の安倍首相の姿や政策
には忸怩たる思いを抱かずにはいられなかったようで、このインタビューで涙を浮かべながら安倍首相をこう批判したという。
『彼は首相として、ここ2、3年に大変なことをしてしまったと思います。平和国家としての日本のありようを変え、危険な道に引っ張り込んでしまっ
た』『現行憲法は国際社会でも最も優れた思想を先取りした面もある。彼はそうしたことが分かっていない。もっと勉強してもらいたいと思う』と述べ、
『彼の保守主義は、本当の保守主義ではない。ナショナリズムばかりを押し出していますが、己を見つめ直し、反省してもっとまともな保守、健全な意味
での保守になってほしい』と猛省を促しているという。
だが、そうした批判は届かないかのように、安倍総理は改憲への歩みを止めようとはしていない。そればかりか臆面もなく、その方向へまっしぐらに突
き進んで行こうとしているかのようである。そうした姿勢がどこから来るのか、ということが私にもわかりかけてきた。
~この稿、またまた続く~